豆田の町並み~町並と咸宜園~ -NEGATIVE-


豆田の町並み、今回で最後に記事となりました。

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お目当てだった3ヶ所を無事堪能出来たので、あとはのんびり歩く事に。




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水路がある風景・・・和みます。

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素敵な窓辺があるお店・・・雑貨屋さんかな?
気になりましたが、この日は開いてませんでした。

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可愛らしいパン屋さん!
・・・と思いましたが、こちらも開いてませんでした( ;∀;)

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パン屋さんの前のお土産屋さんには下駄が沢山、鼻緒が鮮やかで綺麗です。

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今回は廣瀬資料館にも伺いました。

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しかし内部は撮影禁止なので建物の写真だけ・・・

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資料館向かいも廣瀬家関連だったけど、何だったけな・・・
うーん、覚えてない(´・ω・`)←

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あ、廣瀬家関連と言えばこちら、咸宜園です。

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商家であった廣瀬淡窓氏が文化2年(1805年)に長福寺学寮で最初に開塾。
その後“成章舎”“桂林園(荘)”と場所・名前を変え、文化14年(1817年)に現在地に“咸宜園”として開塾しました。

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開塾された当時は身分や階級制度の厳しい時代。
しかし入門時に学歴・年齢・身分を問わない“三奪法”により、全ての門下生を平等に教育しました。

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咸宜園は旭荘氏や青邨氏などの門下生に引き継がれ、明治30年(1897年)に閉塾するまで5000人もの門下生を育てました。

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門下生には僧侶や町人が多く、大帰後は儒学者や教育者、医者や政治家など様々な職種に就いています。

個人的には、写真家の上野彦馬先生が門下生だったと知って興奮致しました・・・実は長崎のお墓、お参りに伺ったりもしています。


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そして豆田の町並み、最後の建物はこちら・・・廣瀬淡窓氏の書斎です。

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1階は書庫、2階で読書を楽しまれていたのだそう。

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8畳と思いの外広く、展望が良いので読書や学問も捗りそうである。

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丸窓からは秋風庵が望めます・・・と、先程の茅葺屋根の建物が秋風庵だと書いてなかったですね(笑)

こちらの車庫は遠思楼と名付けられています。


因みに遠思楼は改修されて一時期民家として利用されていたのだそう・・・何とも羨ましい。

眺めの良い和室に欄干のある縁、そして丸窓・・・良い所尽くし。
バリアフリーじゃないのがネックですが、こんなお家に住めたら幸せそうだ。



・Canon EOS-1V
・Canon EF8-15mm F4L Fisheye USM
・Canon EF17-40mm F4L USM
・Canon EF100mm F2.8 MACRO USM
・FUJIFILM SUPERIA X-TRA400



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by photresbienne | 2017-05-28 21:48 | 建物/雑貨/乗物/食物 | Comments(0)